西極楽寺住職ブログ

雲香る

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2025年6月1日

2025年6月 伝道掲示

 他人に親切にすることを自然に出来る方がいます。電車で年輩の方・妊婦などの姿を見たら、スッと立ち上がって「どうぞ」と声をかける、ためらうことなく席を譲れる方を見ると、「素晴らしい方だなぁ」と思うと同時に、ためらってしまう自分に情けなさを感じることもあります。他者から親切にされれば嬉しいのですから、自分も他者に親切に出来ればとは思っているのですが、 「親切はいつでも・どこでも・誰にでも」なかなか難しいことでもあります。

 この「親切はいつでも・どこでも・誰にでも」を実践し続けている方があります。阿弥陀仏という仏様です。臨終を迎えた方の苦しみを取るために極楽浄土から瞬時に来られるのが阿弥陀仏です。臨終間際の身体的な苦しみは現代医学の力で和らげることができる(亡くなり方にもよりますが・・・。)のですが、「自分がこれからどうなるのだろうか?」という精神的な苦悩は医学の力をもってしてもどうすることもできません。そんな苦しみを取り去って、「一切の苦しみ無く、ただ安らぎのみを受ける極楽浄土(『阿弥陀経』というお経に説かれています。)」に迎え取ってくださるのが阿弥陀仏なのです。

 そのためには「南無阿弥陀仏」とお念仏を唱える必要があります。ただ唱えるだけではなく、「阿弥陀仏 どうぞ極楽へ迎え取ってください」と願うことが大切です。その願いに応えて、阿弥陀仏は必ず臨終のときにはお迎えに来てくださるのです。いつ臨終を迎えるかは分かりませんから、「阿弥陀仏 どうぞ極楽へ迎え取ってください」と願って、毎日お念仏を唱えることが大切なのです。

 いつ・どこで・どんな形で死を迎えるか分からぬ私ですが、その時に・その場所へ・私を迎え取るために常に準備をしてくださっているのが阿弥陀仏です。「親切はいつでも・どこでも・誰にでも」を実践し続けている阿弥陀仏に見守られている私ですから、少しでも親切を実践できるように心がけて生きたいと思っています。

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